「底辺の人生」ってなんだろう?

 

毎日通勤電車に揺られ、やりたくもない仕事をして、1日が終わる。

最近心底、「底辺の人生」を生きているなぁ・・・って思う。

 

他人から見たら、仕事も家庭もある自分が「底辺」なんて言うのはおこがましい。

もっと底辺の人生を生きている人はたくさんいる!って叱られるだろう。

でも・・・

 

底辺の人生?

自分の人生は底辺?

三流大学を中退し、

小さなIT関係の企業に

拾ってもらった。

 

それ以来、

社会人としてなんとか

生きてきたけれど・・・

 

もう40代に手が届くけれど、

役職や地位もパッとせず

年収は300万円程度。

 

家庭内にも居場所はない。

 

このまま社会の名もない

歯車として死んでいくのか?

 

そんな風に思うと、

すごく怖くなった。

 

 

底辺ってなんだろう?

でも、

そんなことを言えば・・・

 

この世界中には、

戦争や貧困・飢え等の

自分の努力ではどうにもならない

底辺の状況にいる人たちもいる。

 

そういった状況に比べ、

仕事もあり、家庭もあり、

友人だって少しはいるし・・・

 

飢餓や病気の心配も無く、

暖かい家で安穏と暮らす状況で、

おまえは何が不満なんだ?

 

そう、叱咤されるだろう。

 

でも・・・

 

底辺かどうかを決めるのは?

自分が底辺だと感じている?

恵まれた環境で生きているのに

自分はなぜこんなにも満たされない

のだろう?

 

なぜこんなにも生きているだけで

苦しいのだろう??

 

その理由は・・・

 

多分自分自身が、

自分の人生を「底辺」だと思って

きたからだ。

 

ひどい貧困の中でも、

希望を捨てずに楽しく暮らす

人達がいるように・・・・

 

その反対に、

どれだけ物質的に恵まれていても

絶望の中にいる人間もいる。

 

他人の評価が自分の価値?

他人と比較されて、

利用価値を客観的に評価される事に

慣れてはいても・・・

 

でも自分が、

「あまり利用価値のない人間」だと

評価される現実は辛い。

 

「評価をされたければ

もっと努力をすればいい」とも

言われるけれど・・・

 

他人からの評価自体を

もう受けたくないというのが本音だ。

 

でも、

現代の日本の社会システムでは

他人からの評価を受けずに

生きる事はほぼ不可能だ。

 

他人の評価が絶対?

 

評価される人間がいる裏には、

評価されない数多の人間が

ひしめいている。

 

日本には年間3万人近く

自ら命を絶つ人間がいて・・・

 

これは、物質的に満たされた

先進国では最悪なレベルとされている。

 

(日本がいまだに先進国か?

という点は疑問もあるけれど・・・)

 

自ら命を絶つ人達には

それぞれに苦しい事情が

あったのだと思う。

 

そういった中にも、

もし自分と同じように底辺で

生きる事がつらいと思っている人が

いるとしたら・・・

 

底辺でもいいから生きていて

欲しいと思う。